コロナ対策の科学性,公平性

コロナ対策の科学性,公平性:専門家の役割・政治家の役割

東北大学大学院理学研究科 本堂 毅 (2021年4月28日)

先週末,東京などに出された緊急事態宣言をめぐって,その科学性,公平性に疑問の声が多く上がっています.政府は「専門家の意見を聴いて」とか「専門家の意見に従って」などといいます.あたかも,専門家自体が対策を決めることができるかのようです.一方で,「政治的判断」の名の下に,政府が専門家の意見を聴かずに,独自の判断をする場合もあります.2020年2月に出された学校休校,イベント自粛要請などもそうでした.
新型コロナウイルスのように,高度の専門的知識が必要とされる問題で,専門家には何ができるのでしょうか? 何ができないのでしょうか? 政治家は何をすべきなのでしょうか? 

「政治家は専門家の意見に従えばよい」という単純な捉え方をすべきではないこと,専門家・政治家それぞれに負うべき役割があることを,以下,簡単に記してみたいと思います.

専門家の役割

公衆衛生や感染症を専門とする医師たちは,基本的に感染症に罹っている国民を減らす方策を考えます.それ自体は,彼らの専門性から当然のことでしょう.しかし,感染症は全ての国民が感染リスク源になりうる訳で,感染症罹患者を減らすための方策は無限にあります.そのため「政府専門家会議」(2020)の提言がそうだったように,専門家が科学的知見では決まらない無限の可能性から一つを「選択」すると,その決定に専門家の価値判断が含まれてしまうことになります.いわゆる「踏み越え」です.たとえば,休業要請を行う際に,それをどの業種に求めるべきかは,科学的証拠から一つに決めることは原理的に不可能です(科学技術の不定性).どの業種に休業要請を行うかは,要請に対する補償などが絡んだ「公平性」の問題,つまり政治的議論と措置が必要だからです.

政治家の役割

もちろん,法的に許されるか,という論点もあります.これを議論し決定することは,政府や政治家の役割です.決定を行ったなら,「何故,そのような決定を行ったのか」,また公平性を保つために,どのような措置を行うのかについて,政府は説明を尽くす必要があります.特定の業種だけ,特定の人だけが社会的・経済的犠牲を負う場合,その犠牲は他の犠牲を負わない業種・人たちのための「肩代わり」になるからです.

専門家の「助言」のあり方

このように,政治的決定は常に「公平性」の観点で考える必要があります.専門家は,このような「公平性」についての検討を可能とするよう

1.複数の案を

2.それらの科学的根拠と共に

意思決定者である政治家や行政に示す必要が生じます.また,それらの案の「科学的確からしさ」や,「他の専門家の観点」なども合わせて示す必要もあるでしょう.仮にA案が専門家の視点から見て最も有効と考えられるものであったとしても,B案の方が公平性の観点から相応しいものかもしれませんし,効き目はまずまずでも確実性が高いものかもしれません.専門家の方で,案を最初から一つに絞ってしまうと,「公平性」の観点などからの議論が難しくなってしまいます(院内感染対策等で,専門家自身に権限が付与されている例とは違うのです).また,「公平性」の観点から検討をして行政的・政治的決定を行い,責任を負うべき人たちが,その決定責任を専門家に負わせ,自らは政治的結果責任を放棄する事態も生じます.専門家は,そのような無責任な政治家を生むような「助言」を行うべきでもありません.

専門的助言の階層,政治の階層

「専門家」は,行政的・政治的決定の際に必要かつ参考となるべき知見を提示することがその役割です.もちろん,行政的・政治的決定の観点から,何が必要な知識かについては,決定を行う官僚や政治家との議論が必要になることもあるでしょう.しかし,政治家が行うべき,「公平性」を踏まえた決定責任を曖昧にするような,政治への歪んだ関わりを持つべきではありません.それらが曖昧になると,

1.何が科学的知見なのか

2.何が公平性に関する政治的判断なのか

が曖昧になることで,公平性に関する政治的議論も,専門家の意見についての科学的議論も,どちらもが不毛になり,不健全な社会に陥ります.実際,2の公平性の観点についての議論は,本来政治家たちの本務ですが,国会などで十分な議論が行われているとは思われません.コロナ対策が専門的知見で自ずと決まるかのような発言が「分科会」の専門家からいまだなされていることは,大変な問題なのです.

尚,専門家が政治的決定に直接関与する,あるいは行うという形もありうるかもしれません.もしそのような形を採用するのであれば,政治家と同様に,「公平性」についての説明責任,および結果についての政治責任が生ずることになるでしょう.その場合,あらゆる場所や機会で,その責任を果たす必要があるはずですし,そもそも,専門家がそのような政治責任を取りうる身分なのかは私には不明です.

以上述べたように,科学的であるべき「専門的助言」と,公平性を踏まえるべき「政治的,政策的判断」は,そもそも別の階層にあるものです.この2つを区別し,専門家や政治家が,それぞれの役割を果たすこと.また,果たしているかを注視していくことが,今,重要なことと思われます.