最新の科学的知見を踏まえたコロナ対策が必要では?

東北大学大学院理学研究科 本堂 毅

拡大が続くパンデミック.もう打つ手はないのでしょうか?

ここでは,最新の科学的知見と,筆者の所属組織での経験から,無理なく有効と考えられるコロナ対策を紹介したいと思います.大切なことは「やってる感」ではなく,「より有効性が高い」対策を,優先順位を考えて無理なく実行することでしょう.そのためには,1年前の情報ではなく,「最新の」科学的知見が必要です.

これまでの研究から,新型コロナウイルスでは,飛沫感染を含む空気感染を防ぐことが重要であることが分かってきました.ものに触れることで起こる接触感染は少ないと現在では考えられています.

接触感染防止のため,椅子をアルコール消毒したり,手袋をしたりするよりも大切なことがあるのです.(注1)

飛沫を含む空気感染を防ぐために大切なことは「換気」です.

確かに,これまでも換気の必要性は繰り返し強調されてきました.でも,窓開けると寒いし(暑いし),書類が飛んでしまうこともあるでしょう.だから,無理のない「換気のやり方」が大切です.

窓開け、ドア開けだけが換気じゃない!

換気には様々なやり方があります.窓開けやドア開けはその一つのやり方に過ぎません.それ以外にも,換気装置を使った換気(機械換気)があり,空気清浄機を使った換気(ウイルス捕捉)があります.それらを状況に応じて使い分けることで,無理のない換気が可能になります.大学やオフィスなどでは,機械換気が一般的です.外の空気を配管を使って取り入れ,中の汚れた空気を別の配管を使って外に排気します.大学の教室などでは,この換気装置を使うことで1時間に5回程度,部屋全体の全ての空気を入れ換えることができます(これを「1時間あたりの換気回数は5回」と言います).30分に1回窓を開けたとしても,その際に全ての空気を入れ換えることは難しく,仮に入れ替えることができたとしても,1時間あたりの換気回数は2回です.つまり,機械換気をしっかり活用した方が,窓開けを30分に1度行うよりも,しっかり換気ができるのです.1時間あたり5回というのは,それなりの理由があります.高校生が教室で授業を受けるときに必要とされる換気回数が4.4回であることが,文科省の試算で示されています.コロナ以前に,酸欠などを防ぐための回数です.共通テストで実施された,科目毎の換気(2時間に1回の換気=換気回数0.5回以下)など論外です.

ただ,外からフレッシュな空気を入れるだけだと,夏は暑くなり,冬は寒くなる可能性があります.そこで考え出されたのが熱交換換気です.冬なら,中の暖まった空気が外に出る前に,外からの冷たい空気と「熱的に」接触することで,熱を交換します.すると,外からの空気は少し暖まった形で室内に入ってきます.三菱電機では,このような熱交換換気を「ロスナイ」と呼んでいます.このように,熱交換器を使った換気をすることによって,窓開けによる換気よりも,省エネかつ快適に換気ができる上,30分に一回の換気よりも,十分な換気を行うことが可能となり,コロナ感染のリスクを減らす事ができるのです.

このような機械換気装置は,ある程度の規模以上の新しい建物には普通に設置されています.但し盲点があります.この換気装置には,ゴミなどが入らないように「フィルター」が設置されていて,このフィルターが詰まると,吸排気ができなくなる,つまり機能しなくなるのです.スイッチを入れても,これでは換気はできません.密室になります.

実例をお見せします.下の写真は,昨年3月時点,私の居室の換気装置(熱交換器)の写真です.清掃業者の方が,天井から降ろしてくれました.埃で覆われ,空気が通らない状況でした.これでは,換気装置のスイッチを入れても,換気は全くできません.密室になっていました.

このような事態を防ぐためには,定期的な「フィルター清掃」が必要です.

この熱交換器のフィルターを業者さんにフィルター清掃してもらった,こうなりました(下の写真).左上が清掃後のフィルター,右下が清掃前の汚れたフィルターです.

真っ黒なフィルターは,本当は真っ白だったのです.フィルター清掃が終わった部屋には,まるで草原のようなキレイな空気が入ってきて,部屋の匂いが一変しました.それまでが「異常」だったのですが,麻痺して気がつかなくなっていたのです.

残念なことに,少なからぬ大学では,この「フィルター清掃」をやっていないようです.コロナ禍の中,対面授業を開始している大学では,フィルター清掃が行われているか,チェックを行う必要があると思います.

機械換気がない部屋,お店などではどうするか?!

現実には小さなお店,古い住宅などには,機械換気はありません.また新しい住宅には機械換気が設置されている場合が増えてきましたが,大学やオフィスほどの換気回数はありません.家族がコロナに感染して,自宅療養を余儀なくされる場合,窓開けを推奨されても,寒さや暑さから,窓開けを十分できない場合もあるでしょう.

そのような場合に活用できるものの一つが「空気清浄機」です.空気清浄機には様々な機種がありますが,HEPAフィルターなどの目の細かいフィルターが搭載されていれば,それで十分です.1万円程度で買える,家庭用の空気清浄機にもそのような機種があります.空気清浄機の場合は,窓開けなどと違って,暑くなったり,寒くなったりしませんので,その点が有利です.ただ,空気清浄機の場合は,十分な風量(換気量)があるかどうか,部屋全体の空気が循環するような場所に置けるか,フィルターが詰まる前に早めにフィルター交換をしているか,などは大事なポイントだと思います(注2).空気清浄機では換気が足りない場合は,機械換気や窓開けなどと併用することも必要になるでしょう(注3).

このように,換気には様々な方法があり,有効に活用することができます.寒さや暑さを我慢することなく,換気を行うことができるのです.ただし,そのためには換気についての「知恵」が必要です.他にも様々な方法や留意点が建築家(室内環境学)の専門家から発信されていますので,Webなどから入手して,参考になさってください.

マスクについて

飛沫を含む空気感染に,空気清浄機を含む換気が有効であることと同じように,マスクも空気感染抑止に有効です.マスクは空気清浄機と同じように,フィルターを通り抜ける空気に含まれるウイルスを取り除くことができます.

ただ,マスクならどれでも「ウイルスを取り除くことができる」かというと,それは程度問題で,その程度は素材によって大きく異なることも明らかです.

これまで,マスクと言ったときに,暗に仮定されてきたのは「不織布マスク」です.このマスクは一般に,不織布という(空気清浄機と同じような)フィルターが使われているものを指します.コロナ患者が発生したときに,その患者の濃厚接触者かどうかを保健所が判定する際には,患者と接したときにマスクを着けていたかどうかが問われるようですが,その時に暗に仮定されているのも,この不織布マスクでしょう.

では,マスクのウイルス除去性能は,素材によってどの位違うのでしょうか? 今年2月,国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長の西村秀一医師から,詳細な実験結果が発表されました.その結果は,ある程度予測されていたとはいえ,驚くべきものでした.

上のリンク,2ページ目の図を見ると,不織布マスクに使われる不織布はかなり細かなエアロゾル(ウイルスを含んだ小さな水滴)まで除去(ブロック)できる一方,布マスクは2割程度しか除去できず,ウレタンマスクの素材に至っては,殆ど全く除去できないことが分かりました.ほぼ素通しです.

この記事にもあるように,それ以前に理研が行った数値シミュレーションでは,ウレタンマスクも布マスクも,もう少しマシだった訳ですが,数値シミュレーションの前提として行われた実験よりさらに詳しい実験から,その性能はより悪いことが明らかになりました.

読者の方には,天下のスーパーコンピュータを使ったシミュレーション結果こそ正しいと思うからもいるかもしれません.しかし,シミュレーションは常に,一定の「仮定」を置いた計算しかできませんので,それがどれほどのコンピュータを使ったものであっても,シミュレーションの前提とされる実験がまず大事です.

上記のウイルス除去性能についての結果は,直接的にはウイルスが含まれた飛沫を他人から浴びる場合の除去性能に関わるものですが,特にウレタンマスクの場合は,装着者側からの飛沫拡散抑止性能も(理研がシミュレーションで明らかにした結果より)劣るであろうことが推測できます.

見方を変えれば,ウレタンマスク利用者に,装着するマスクを「ウイルス抑止性能が大きい」不織布マスクに変更してもらうことにより,感染症の蔓延を大きく抑止する余地があることが分かります(注4).実際,ドイツでは公共交通機関やスーパーなどに入店する際には,高性能の不織布マスクを装着することが法的に義務づけられているそうです.

飲食店での会食中の(マスクなしでの)会話によって,感染が拡大することは既に明らかです.一方で,互いにウレタンマスクを装着した人たちが,会食時よりも遙かに近い距離で,対面で会話をしている光景は日常茶飯事でしょう.そのような状況の感染リスクが,飲食時のマスクなしでの会話以上である可能性は容易に想像できます.「マスク会食」なども推奨されていますが,仮に会食時にマスクをしたとしても,マスクの性能が著しく小さければ,殆ど意味がないでしょう.

日本は昨年春の段階では,マスク先進国でした.街中でマスクを使う人が欧米より遙かに多く,そこで使われていたマスクの殆どは,医療用のサージカルマスクと同等の性能を持つ不織布マスクでした.それが,新型コロナウイルスがまん延するに従って,逆にアベノマスクのような布マスク,そして,ウレタンマスクのように,むしろ退化してしまったわけです.欧米ではその間,マスクの普及が進み,ドイツにおいては高性能不織布マスク装着が法令化された訳ですから,マスク先進国が逆に,後進国に退化してしまったのだと思います.(注5)

飲食店などが自粛要請の下,経営破綻の危機に見舞われている中,どのような感染対策を行うのが「社会的負担の公平な分配」なのでしょうか.最新の科学的知見を踏まえた,(狭い意味での専門家へのお任せではない)社会的議論が必要だと思います.少なくとも,国や地方自治体のトップや議員には,その社会的議論に必要な,最新の科学的知見を踏まえる必要があるように思います.このノートが,そのための参考になればと思います.

尚,感染症「対策」に必要な専門家は,既に述べたように,医学者だけではありません.室内環境を専門とする建築学者など,多岐の分野に亘ります.それら専門家の知見を「総合」する力もまた必要だと思います.

文献1)「稀な接触感染、続く徹底消毒 」natureダイジェスト(2021) https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v18/n4/稀な接触感染、続く徹底消毒/107001?fbclid=IwAR1y341K1PXOJoOrv7LMN8ghBanAj1ncrb-YzJE9aOnjgsj2juB2ojBEv6I#.YGkHMCpk6Bt.twitter

文献2)『感染症専門家会議の「助言」は科学的・公平であったか』  世界(岩波書店) 2020年8月号https://researchmap.jp/hondou/published_papers/32333856

注1) 飲食前などの手指消毒をしっかりすれば,仮に手指にウイルスがついても,感染は起こりません.

注2) 空気清浄機を持っていても,例えば空気の取り入れ口が背面にある機種を壁につけて使えば,空気が十分流れなくなりますから効果が減ってしまいます.

注3) 空気清浄機だけの密室では酸欠にもなります.

注4) 宮城県の村井知事は「行政にできることには限界がある」と述べましたが,感染対策として行政にできることは沢山あります.ここに述べた,換気をどのように行えば,どのようなマスク素材を選べばよいかについての情報の提供.よびかけ,補助,条例の制定等はその一例にすぎません.必要な「最新の情報」が県民に提供されることで,県民は適切な感染対策を取れるようになります.

注5) コロナの抑止に成功している台湾でも,不織布マスクが徹底されているようです.

筆者が所属する東北大学大学院理学研究科のコロナ対策ポスターも参考になると思います.

JSTのResearchmap に問題提起を書きました(8月10日追記)

「最新の知見に基づいたコロナ感染症対策を求める科学者の緊急声明」を発表しました. (8月21日追記)

リンク: 東北大学理学研究科安全衛生管理室ホームページ

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