新型コロナウイルスに関して
新型コロナウイルス問題では,専門家の間に様々な意見の不一致が見られます.
これは,専門的知見の不定性の現れと言えます.

私たちの研究プロジェクトの知見から,どのようなことが言えるのでしょうか.
このページでは,それらについて,少しずつ書いていきたいと思います.

1.専門家の意見は,科学的な知見だけで決まるのか?

  これは科学技術社会論などの科学論で以前から議論されてきたテーマです.現在では,専門家の意見は一般的に,科学的な知見(観察,実験など)だけでは決まりえないことが明らかになっています.決まらない理由は複数あります.実験や観察,理論などが不十分であることもあります.ただし,それだけではなく,専門家の価値観や相場観の違いが原因で意見が異なることも多々あります.
  それでは,私たち市民や社会(行政や議会,司法など)は専門家によって異なりうる「専門的意見」をどうやったらうまく活用できるでしょうか?

  示唆を与えてくれ方法の一つは,オーストラリアの裁判所で開発された「コンカレント・エビデンス」と呼ばれるやり方です.この方法は,裁判だけでなく,日本でのコロナ専門家の議論にも活用できると思われます.

2.コンカレント・エビデンスという方法論

  議会や政府などが新型コロナウイルスに関わる政策を決める場面では,専門家の意見が必要です.しかし,専門家の意見は極端な話,専門家の数だけあります.そうなると,議会や政府にとって都合のよい意見や専門家だけを使った「恣意的な」政策決定もできてしまいますし,仮に恣意的な意図がなくとも説得力のない判断になってしまいます.どこまでが専門的知識で決まる意見で,どこからが政治的な決定なのかの区別が付かなくなり,また責任も曖昧になるからです.
  そこで,専門家の様々な意見について「どこが専門家間で合意できる点」で,「どこが専門家間で合意できない点」なのかを明らかにすることが大事になります.そして「合意できない点」について,「なぜ合意できないのか」を明らかにすることが重要になります.合意できない点が「科学的」な点であれば,その科学的前提が正しいかについて,より踏み込んだ建設的議論が可能になります.専門家の科学的誤りや,高い不確実性が明らかになる可能性が高まります.一方,合意できない理由は科学的な部分とは限られません.むしろ,専門家の価値観の違いに由来することも多くあります.そして,価値観の違いが明らかになれば,それは専門家ではなく政府や議会が議論・検討すべきですから,より建設的な議論が可能になるでしょう.
この手法は国会や議会,裁判などに限られるものではありません.たとえば,テレビの報道番組などで専門家を呼ぶ際にも,意見の異なる専門家間で活用することができます.コンカレント・エビデンスを活用することによって,私たちは専門的知識を「より早く,より深く」理解することが可能になることは,オーストラリアを初めとする各国の実践例から明らかです.実際、コンカレント・エデンスは,すでに病院などで手術を行う前に複数の異なる専門を持つ医師たちの間で日常的に行われていることです.この「カンファレンス」に着想を得て開発された手法が「コンカレント・エビデンス」なのです.
  コンカレント・エビデンスについては,NSW州で長く最高裁判事などを務め,コンカレント・エビデンスの開発や普及に尽力されてきた,マクレラン(元)判事の解説が参考になります.
https://www.sci.tohoku.ac.jp/hondou/RISTEX/page3/page3.html

また,日本語字幕付きのビデオもあります.これは,実際の裁判例を再現したものです.
https://www.sci.tohoku.ac.jp/hondou/RISTEX/page3/page3.html

(つづく)

関連する研究:

科学技術の不定性と社会的意思決定 ―― リスク・不確実性・多義性・無知
吉澤 ,中島貴子,本堂 毅
科学 20127月号 岩波書店
https://www.sci.tohoku.ac.jp/hondou/files/Kagaku_201207_Yoshizawa_etal.pdf

新型コロナウイルス対策についての筆者の考えはこちら
http://incertitude.jp/hondou/

文責: 本堂 毅(東北大学大学院理学研究科)